後装飾(あとそうしょく)
アンティークシルバーがお好きな方でしたら、この言葉を耳にされた事があるかもしれません。
後装飾とは、元々のシンプルなデザインの銀器に、流行の変化や次の持ち主の好みにより、新たに加えられた装飾の事で、英語では Later added decorationとかいう風に言われたりします。
どんな場面でこの言葉に出会う機会があるかと言うと、銀器店で目についた銀器を手に取った時にお店の方に
「この装飾は後に付けられたものだよ」
と教えていただいたり、
オークションのカタログに、Later added decorationと書かれているのを目にする事で情報として入って来たり。
そしてそれらを何度も目にするうちに、装飾の雰囲気からなんとなく感覚として感じ取れるようになって行くものだと思います。
特に後装飾が多いな、と感じるアイテムは、ジョージアン期のコーヒーポット。
元々は比較的シンプルなデザインが多かったのでしょう。
1700年代後半に作られたコーヒーポット に、1800年代前半頃にロココ調の華やかなデザインが流行した時に後装飾が加えられたケースが良く見られます。
他に良く後装飾がある事で知られるアイテムは、英国銀器のベリースプーン(サイズが大きめのベリーをサービング するスプーンで、ベリーや果物、葉っぱなどの装飾が入っているスプーン)です。
これは二本、四本組みでセットになってたりするのですが、二本のスプーンのメーカーもデートレター(ホールマークを受けた年)も異なるにも関わらず同じ装飾が入っていたりするものは、後装飾の可能性が高いかもしれません。
ヴィクトリア時代以降のお品になると元々流行のデザインで製作されるようになる為か、後装飾が加えられているというケースは殆ど見られません。
後装飾の銀器のアンティーク的価値
影響力のある方が番組でこのような発言をされた事があったそうです。銀器界では少しざわつきがあったのではないでしょうか。
後装飾が与える、銀器の価値への影響。
何度も考えてしまいます。
皆さまはどうお考えになりますか?
アンティーク銀器のValue(価値)というものは、
銀そのものの重量から成る価値(貨幣に交換できる)+その銀器の持つアンティーク的価値
と言われています。
銀そのものの価値はその時の銀価格の変動を見れば一目瞭然なのですが、では「アンティーク価値」というものは、何を指すのでしょう。
・Provenance(元の持ち主や経て来た興味深い歴史などの記録が残っているもの)
有名なお屋敷のセールから出たもの、販売の記録が残っているものなどはそのお品自体に付加価値を与える事があります。
銀器ではそれ程目にしませんが、アンティークのジュエリーなどではこのProvenanceはとても大切にされているようです。
・メーカー
それぞれのお品にある、メーカーズマークというマークにより製作メーカー(販売した小売店のマークの事もあり)がわかるのが、アンティークの銀器の大きな魅力の一つでもあります。
過去に、Paul de Lamerieというメーカーのティーポットが数億円の落札予想価格にて某有名オークションハウスで出品された事がありました。
その時のオークションについて当時書いたブログ記事がこちらです↓(リンクをクリックしていただくと、Livedoorブログに飛びます)
史上最大の評価額がついたPaul de Lamerieのコーヒーポット
Paul de Lamerieは「18世紀にイギリスで働いていた最大の銀細工師」と言われており、また1717年には「王の銀細工師」と呼ばれていました。
それほど素晴らしい英国銀器メーカーの頂点と言われるメーカーのお品ではありましたが、さすがに数億円のコーヒーポット というのは前代未聞という事で当時は大きな話題に(実際の所は出品者の希望価格に入札が届かなかったので落札されるに至りませんでした)
このようにメーカーの名前や、希少性が多大に銀器のアンティーク価値に影響を及ぼす場合があります。
・製作年・時代
比較的人気のある時代というのもありますし、また古い時代のお品で状態の良いまま現存するお品の数が少ないので、新しい時代の物に比べると高価で取引される傾向にあります。
・状態(クレストやモノグラムの除去・オルタレーション(作り変え)を含む)
状態が悪いお品よりも、良いお品の方が価値がある事は明らかです。
やはりオークションでも、リペアあり、と明記されているものは落札価格はぐっと低くなる傾向にあります。(ただ、わからないように上手に修理された場合は価値に与える影響というのは殆どないのではないかと思います。そもそも目で見てすぐわかるものではありません)
クレスト(家紋)やモノグラムが除去されている事も多々ありますが、銀が切りはりされたり削られた部分にリング状のろう付けの後が残っている事もあり、やはりそれはアンティーク価値には少なからず影響があります。光の下で傾けたりして確認をされるとわかりやすいです。
メジャーなオルタレーションに関しては、Tazza(コンポートのような、足がついたサルヴァのようなもの)の足を取ってサルヴァにしてあったり、クリームジャグに蓋や注ぎ口を付けてティーポットにしてあるものなどがありますが、数はそれ程多くはないと思います。
英国銀器のホールマークシステムでは、取り外しが可能な部品(蓋の摘み、ネジや蓋の裏などに至るまで)はそれぞれにホールマークの刻印を打ちます。不自然な部分があった場合は、その場所のホールマークを確認してみるというのも、一つのオルタレーションの有無を判断する基準になります。
ウッドハンドルなどは、耐久性の問題もあり現在に伝わるまでに交換がなされているものが多いそうです。
これはダメージやオルタレーションなのかという所は、意見がわかれる所かもしれませんが、むしろ殆どのお品のハンドルは入れ替わっていると考えると、仕方のない事、として考えられるのではないでしょうか。
アンティークの価値。
上にいくつか考えられる条件を書いてみましたが、では本当にこれらの物差しだけでそのお品の価値というものは測れるのでしょうか。
例えば「デザイン」という部分に関してはどうでしょう。
そのメーカーの生み出すデザイン全般の独自性や製作技術のレベルがメーカー自体の評価に影響する事は多々ありますが、個々のアイテムが持つ華やかさ、繊細さ、装飾の可愛らしさ、そのあたりの特色が銀器のアンティーク価値に及ぼす影響というのは、私の住む英国においては実はそれほど感じられません。
例えば同じ時代のティーポットがあったとして、片方がシンプル目な彫りが入っていて、もう片方がバラやリボンで飾り立ててあったとしても、恐らくアンティークとしての評価(例えばオークションに出品された時の評価額)はあまり変わって来ないと思います。
でも実際の所は、「このティーポットの装飾が好み」「彫りの雰囲気が良い」
など、その銀器の装飾自体や、銀器全体の持つ雰囲気に大きな魅力を感じられるという方もきっと多いのではないでしょうか。
このハンドルの形はとても使いやすそう
この装飾のティーポットでお茶をいただいたら、きっと幸せな気持ちになるだろう
そういう所に価値を感じられる方も沢山いらっしゃる事と思いますし、実際に市場価格であったり、人気にかなり影響する部分であると感じます。
装飾の持つ雰囲気も銀器のアンティーク価値に影響を与えていると考える故、後装飾についてはそれ程否定的には考えていません。
アンティーク的価値については明確な物差しがあるわけではなく、受取り手それぞれの好みや感覚にもよるもので一概には言い切れないと思っていますし、実際に、装飾がないままではきっと興味がなかったであろうコーヒーポット に、後装飾であっても魅力的な装飾がしてある故に興味を惹かれたりもする事もあるのですから。
確かに、後に新たな装飾が加わる事によって元々の製作者の意図とは違ってしまっているという点では、純粋な○○(例えばメーカー名)の銀器、とは言う事は出来ないかもしれません。でもその事により、そのお品の持つアンティーク価値というものは本当に無くなってしまうのだろうか・・・
そう考えると、やっぱり一概には言い切れないと思います。
良く、アンティークは
「唯一無二のアンティーク」
という言葉で表現されたりします。
これはかならずしもそのお品のデザインが世界で唯一というわけではなく、例え同じ形、同じ装飾であってもそれぞれのお品が扱われて来た背景、刻まれて来た傷やモノグラムやイニシャル、そして時には後装飾やリペア跡などさえも全てを含めて、それぞれが唯一無二の存在になっている、という事だと思うのです。
ですから、後装飾に関しても、全てをひっくるめた上で好きか嫌いか、コレクションに加えたいか、そこが大切な事なのではないか、と思います。
ただ、やはり同じような素敵な装飾があるお品の場合、最初から装飾が入ったものと後装飾の入れられたものでしたら後装飾の場合は価値は劣りますし、その銀器本来の価格にも影響はあります。
ただ、銀器のマーケット価格というものは、その辺りも踏まえて値つけがされている事が多く、後装飾が入っている故に古い銀器の価格の相場よりも少し割安に出ていたりする事が殆どですのでご安心下さい。
大切なのは
適切な情報と共に、それぞれの好みに沿ったお品を色々な条件を踏まえた上で適切と思われる価格帯で購入する事
が出来れば、それがベストなのではないかと、私は思います。